春になると桜が咲く。
日本人にとって、この光景は当然のものだと思います。
しかし、そのような季節の移ろいをゆっくり立ち止まって眺めたことはありますか?
近年は時間の流れがとても早く、ゆっくり桜を見ている時間もない人が多いかもしれません。
また、3月や4月は進学や就職、人によっては転勤などで忙しい時期。ゆっくりしている時間などありませんよね?
そこで、伊奈香澄があなたのかわりに桜を見に行ってきました。
行き先は新潟県上越市の「高田城址公園」。
え?なんで信州の桜じゃないのか?ですって?
実はありがたいことにライターの仕事が忙しい伊奈香澄。私自身も、なかなか桜をゆっくり見る機会がないのです。
そのような日々の中で急浮上したお花見の機会。これは行くしかない!と思い、急遽高田城址公園へ行ってきました。
なお、この記事に掲載されている高田城址公園の桜の写真は、2023年4月4日時点のものですので、ご了承ください。
高田城址公園の「観桜会」とは何か?

高田城址公園の桜は、東京都台東区の「上野恩賜公園」、青森県弘前市の「弘前公園」と並び「日本三大夜桜」と称されています。
そもそも、高田城址公園とはどのような公園?
高田城址公園には、その名の通り江戸時代にお城がありました。築城したのは徳川家康の六男である松平忠輝。
類まれなる戦や政治の才能に恵まれながらも出世欲がなく、大坂夏の陣に遅刻、敵将である豊臣秀頼と親交があったなど、その人柄が垣間見えるエピソードが残っています。
また、父親である徳川家康からは一生涯の勘当を言い渡され、兄である秀忠からは失脚するような事件に巻き込まれるなど災難の連続でした。とても幸せとは言えない人生を歩んだのち、長野県諏訪市にある高島城で生涯に幕をおろします。
結局、高田城の城主であったのは生涯のうち2年ほどだったと言われています。
松平忠輝について詳しく知りたい方はこちら↓
時代が明治に変わると全国の城は政府の資金調達のために売却されたり、旧日本陸軍の施設として使用されたりしたのです。
高田城は後者のパターンであり、1909年(明治42年)に旧日本陸軍が使い始めました。
なぜ、高田城址公園の桜が有名なの?
旧日本陸軍の入場を祝って植えられたのが、約2,200本の桜でした。その後、1914年(大正3年)には花が咲きはじめ、1917年(大正6年)には市民がお城の中へ入れるようになったといいます。
しかし、当時は規制が厳しく、「場内で桜を見られるのは16時まで」、「市民が入場できる門が限れられている」など、現在より不自由なお花見だったそうです。
その後、1926年(大正15年)になって現在に近い形でお花見(観桜会=かんおうかい)が開かれるようになり、桜の季節になると屋台が並ぶ華やかな場所になったといわれています。
高田城址公園の観桜会について詳しく知りたい方はこちら↓
高田城址公園の桜は、昼間でもキレイ!

日本三大夜桜として有名な高田城址公園の桜ですが、その輝きは昼間でも十分に発揮されていました。ここでは高田城址公園の桜の魅力に迫っていきます。
水辺に咲く桜
高田城址公園の桜の一番の魅力は、お堀とのコラボが楽しめるところだと思います。
それではお堀とともに咲く、春の息吹をお楽しみください!
まずは、お城の敷地内に入る「極楽橋」から↓

元々このお堀は旧日本陸軍が使っていた時代に埋められてしまいました。当然、橋も一度取り壊されています。
その後2002年(平成14年)に高田公園(当時の名称)開園50周年、および上越市制30周年を記念した事業により、お堀と極楽橋が復元されたのです。
この橋と一緒に見える桜の景色は、松平忠輝が当時見た景色に似ているのかもしれません。

次の写真はお堀で乗れるボートと一緒に撮った一枚↓

雄大に咲く桜の花と散ってしまった花。水面に浮かぶボートと、その下を優雅に泳ぐ鯉。
ボートや鯉はその場所に居続けるのに対して、季節によって姿を変える桜(の木)を観ると、今見ている景色がいかに貴重なのかと気づかせてくれます。
お堀には噴水もあります。噴水と桜のコラボのいいものです↓

このブログでは恒例となっている、現地の様子がわかる動画も見てみましょう↓(音が出ます)
無邪気に咲く桜と、勢いよく吹き出す噴水。今の日本には少し足りない子どものような元気さを感じました。
桜とコラボしていたのは、お堀だけではありません。高田城址公園内で唯一の高い建物「高田城三重櫓」(たかだじょうさんじゅうやぐら)とのコラボもキレイでした↓

ちなみにこの施設は高田城や上越市のことを勉強できる施設となっているようです。1階・2階が展示室、3階が展望室となっており大人310円で入場できます。
高田城址公園の桜の秘密
キレイに咲き誇る高田城址公園の桜ですが、この景色を後世に残すために並々ならぬ努力がされているのです!
はじめに知ってほしいのは桜の手当↓

桜の木は生きているため、長い生涯の中で弱ることもあります。上越市は雪がよく降る地域でもあるため、雪の重みにより木が裂けることがあるそうです。
そのため、幹をワイヤーで固定して裂け目が広がらないようにしたり、枯れた枝を切り落としているのです。
人間と同様に桜にもメンテナンスが必要なのですね!
また、桜の植え替えも行われているようです↓

ソメイヨシノが多く植えられている高田城址公園ですですが、ソメイヨシノには病気に弱いという懸念点があります。そこで代わりに植えているのが「ジンダイアケボノ」という品種。
ジンダイアケボノは比較的病気に強いだけでなく、ソメイヨシノと花の形や色、そして咲く時期が似ています。
そのためこれまでと変わらない桜の風景を提供できるのです。
私たちが景色を見て思う「キレイな自然」。その自然は、実は多くの人が納めた税金や思いによって支えられていることを、忘れてはいけません。
駐車場から会場まで、少しの散歩を楽しめます!
高田城址公園の観桜会は非常に人気。そのため、車で行くと駐車場からある程度歩きます(複数ある駐車場の場所によります)。
伊奈香澄が車を停められたのは、関川の河川敷(第1駐車場)。駐車場から高田城址公園までは徒歩10分ほどかかりました。
そのときに見えた景色がこちら↓

駐車場のはるか向こうには、まだ山頂に雪をかぶった山々の姿が見えます。
そして、関川とのコラボがこちら↓

雄大な山と川をつなぐのは、一点の曇りもない空。人々の手によって守られている桜とはまた違う、自然の魅力を感じました。
ランチには海鮮丼を!

上越市の歴史を遡ると1971年(昭和46年)にたどり着きます。
直江津市と高田市。上越地域を代表する二つの街が合併した誕生したのが、上越市なのです。
そのため上越市は日本海に面しており、新鮮な海の幸も楽しめます。
物流が発達した令和の時代、信州でも海の幸は楽しめますが、せっかくですので新鮮な日本海の幸を楽しみたいですよね!
そこで、高田城址公園から少しだけ(20分ほど)車で移動して、「上越あるるん村」へ行きました。
上越あるるん村とは、海の幸が売っている産直市場のような場所で、海鮮レストラン「あるるんの海」も併設されています。
とろと切り身を豪華に味わえる「マグロの中落ち丼」
値段に見合ったハイクオリティなメニューが多い中、リーズナブルだったのが伊奈香澄が頼んだ「マグロの中落ち丼」↓

赤く染まったマグロと、ピンク色のとろ、そしてその頂上に君臨するプリプリのいくら↓

このラインナップで1,100円は非常におトクでした。
しかも、見た目を裏切らない味のため、マグロ好きにはたまりません!
お値段以上におトクな「ぶつ切り刺身定食」
香澄妻が頼んだのは「マグロの中落ち丼」以上にリーズナブルな「ぶつ切り刺身定食」↓

刺身はもちろん新鮮そのもの↓

マグロにサーモン、そしてはまち(おそらく!)がゴロゴロと入った豪華な刺身定食。見ているだけでお腹が空いてきませんか?
新鮮なマグロを食べられ、しかもサーモン好きな香澄妻にとってはたまらない一品だったようです。
これでなんと、お値段は880円!(どこかの通販番組のような勢いです、笑)
このお店のメニューには味噌汁がつきます↓

「ふ」と海藻(あおさ?)が入っており、香り豊かで爽やかな磯の味がする味噌汁でした。
ドリンクバーも付きますので、コーヒーやジュースなど食後の一杯が楽しめるのもいいですね!
ちなみに刺身があまり好きではない香澄娘は、お裾分けをもらっていました。
伊奈香澄から白ごはんを香澄妻からは大根のつまをもらい、オレンジュースを飲んで満足していました。
刺身をあげようとしても、「いらない」と言い、その後「フライドポテトが食べたい!」と言っていました。新鮮な海の幸がたくさんある上越市で!(笑)
上越あるるん村のHPと地図はこちらです↓
おわりに
今回は新潟県上越市にある高田城址公園の桜と、上越あるるん村で食べて新鮮な海の幸を紹介しました。
海のない信州。しかし、長野市など北のほうにある自治体からは上越市が近く、実はわりと身近に海があります。
信州へ観光できたときにもう少しだけ足を伸ばして上越市まで行くと、信州とはまた違った魅力が楽しめるでしょう。
新潟県上越市では「お刺身の漬物」がもらえるふるさと納税を受け付けています↓
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ではまたのちほど。