兵庫県丹波篠山市について。

生い立ち

わたくし伊奈香澄、生まれは長野県飯山市ですが、実は3歳から15歳の12年間は兵庫県丹波篠山市で育ちました。

生まれは母親の実家ですが、その後中学校を卒業するまで父親の実家で過ごしています。

『丹波の黒豆』と聞けば特に年輩の方でしたら心当たりのある方が多いのではないでしょうか。

信州でも『篠山』という地名を知らない人は多いですが、『丹波の黒豆』と言えば知っている人はそれなりにいるように思えます。

丹波篠山市はまさにその丹波の黒豆の生産地です。

故郷というものはいつの時代もそうかもしれませんが、離れてみてその良さがよく分かるというものではないでしょうか。

丹波篠山市は鉄道(JR西日本 福知山線)は通っていますが、駅まで遠い地区も多く基本的には車社会です。

イメージとしては免許証の数だけ自家用車があります。

バスも運行されていますが、主な利用者は学生や高齢者といった車を運転できない方が多いです。

その一方、鉄道を使えば大阪府北部までなら通勤も可能なことからベッドタウンとしての機能もあります。

そんな丹波篠山市には魅力がたくさんあります。

既に説明の通り、関西都市圏への通勤範囲であることはもちろん、豊かな自然もたくさん残っています。

また、名産の黒豆はもちろんのこと、松茸や山芋、それに牛肉など美味しい食べ物やそれを利用した加工食品もたくさんあります。

因みに加工食品の中で伊奈香澄が一番オススメするのは黒豆ソフトです。

適度な甘さの中にココアやチョコレートを彷彿とさせるようなコクがあり、ありそうでなかなかない味に仕上がっています。

(仕上げているのは伊奈香澄ではありませんが、笑)

色々ある魅力の中でも、一番だと思うのは町の景色です。

丹波篠山市は篠山城の城下町であり、また現在で言うところの京都府への交通の要衝であったことから、歴史のある町としても知られています。

こういった魅力は住んでいる時にはなかなか分かりませんでした。

河原町妻入商家群

まずはこちらの風景をご覧ください。

こちらは『河原町妻入商家群』です。

城下町であることから商家が多く、この地区にはレトロな雰囲気を残したまま営業されているお店が数多くあります。

因みに伊奈香澄が育った家も昔は商売をしていました。

建物を風化させずに利用し、かつ観光客の方にお金を落としていただくという、まさに過去・現在・未来が一つになったビジネスモデルとなっています。

篠山城

次に紹介するのは篠山城です。

まさに丹波篠山市のシンボルです。

現存するのは石垣と復元された大書院という建物のみですが、古き篠山の歴史を最も感じられる場所です。

町の中に他に高い建物がないので、石垣から見る町の景色も最高です。

手前に見える建物は小学校です。

この小学校はお城の敷地内にあるのですが、こういった場所にある小学校は全国的にも珍しいそうです。

以前は中学校も敷地内にありましたが、こちらは移転しました。

また、お城なのでお堀もあります。

お堀の水がとても綺麗な風景を演出しています。

大正ロマン館

そして伊奈香澄が一番お気に入りの場所は大正ロマン館です。

現在はお土産屋とレストランが入っていますが、元々は旧篠山町役場として1923年から使用されていた建物であり、篠山城ほどではないものの歴史があります。

建物の脇では(おそらく)丹波篠山市のゆるキャラであろう『でかぼー』が常に笑っています。

雨の日も風の日も、朝でも夜でも笑っています。

いつも笑っていて疲れないのかな?とは思いますが、そこは何か頑張れる秘訣があるのでしょう(笑)

ところで伊奈香澄がなぜ、大正ロマン館が一番好きかと言うと冒頭で紹介した黒豆ソフトがあるからです。

残念ながら黒豆ソフトの写真はありませんが、気になる方は『大正ロマン館 黒豆ソフト』で画像検索してみて下さい。

きっと見た目は普通のソフトクリームの写真が見られると思います(笑)

因みについさっき知ったのですが、山形県花沢市には『大正ろまん館』があるそうです。

いつかコラボ企画が開催されることを陰ながら祈っております。

両自治体の関係者の皆様、一度検討されてみてはいかがでしょうか。

今回の投稿では伊奈香澄が幼少期を過ごした丹波篠山市を紹介しました。

時系列で言うと伊奈香澄はこの後中学校を卒業して京都府舞鶴市に引っ越します。

京都府舞鶴市は海がとても綺麗な町です。次回の『生い立ち』で紹介しますので楽しみにしておいて下さい。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

ではまたのちほど。

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